古代人の叡智~手相のルーツ~

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長野市の占い師「ヒーリングルーム・シャンティ」の町田香織です。

 

手相は、どこからやってきて誰が考えたのでしょうか?

 

手相は世界四大文明の発祥地である4千~5千年前のインド北部地方で誕生しました。

 

当時のインドは高度な数学や哲学や天文学が盛んでした。

 

インド人は、人間の身体や手の形や大きさと、運命、才能、性格などが相互に関連していることを、どの国の人よりも早く発見しました。

 

ハストリカという学問が手相の起源とされています。
インド人は幾多の実例の中から、人間の全身にあるシワが、その個人の運命に深いかかわりがあることを発見しました。

 

これをサムトリカといい、その後も研究は続けられます。

 

時代が進むにつれ、手のスジが運命ともっとも深いかかわりを持つことが判明し、インド人は手の平のスジを重点的に研究しはじめました。

 

当時はこの研究をハストリカと呼び、このハストリカが現在の手相術の元祖とされています。

 

サムトリカやハストリカは当時盛んに行われていたらしく、その足跡はインド各地の古代遺跡の壁画などに残されています。

また、バラモン教の教義の中にも、手相にかかわる事柄は存在します。

 

西洋においても「旧約聖書」ヨブ記37章7節の一部に「神は人の手に符号、もしくは印象を置き給えり、それはこれによりてすべての人の子に、彼らの職分を知らしめ給わんが為なり」と記されています。

 

これは「手の平のさまざまな形は神の啓示であり、それぞれの形は自分の天分を意味するものである」と解釈できます。

 

ヨブという人物は約4,000年前のアラビア地方に住んでいた実在の人物とされます。

 

つまり、その当時からアラビア地方でも手相が知られていたといっていいでしょう。
インドで発祥した手相は、中東を経てギリシャ、ローマに伝播。イスラエルでは、ソロモン王も用いていたようです。

 

十九世紀には、近代手相の中心地となりました。

日本には、平安時代に中国に留学した学生や僧侶から中国手相がもたらされ、人相学の一部として支配者、貴族階級に伝わりました。

 

一般化したのは、江戸時代の末期。大正時代には、手の形、大きさ、指の長さ、線などでみる西洋手相が入ってきました。

 

現在の日本の手相は、ほとんどがこの西洋手相が中心です。

【「手相術~自分の運命が一瞬でわかる~ 高山東明著」参照】

 

このように手相の歴史を紐解くと、本当に古くからあるのだなあということがわかります。

 

古代の人はまず、手にシワがあるということを発見し、それが一人一人違う、そしてそこに意味がある、ということを見出したのです。

 

私達も日々、多くの情報に流されてしまいがちですが、自分で発見することの大切さを、教えられている気がします。




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